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「艦これ」と瑞鶴と日本の平和について

なんか最近よく見かけますね。「艦これ」っていうんですか?
大戦中の軍艦とかを「(いわゆる)擬人化」したゲーム。
僕自身はゲームを全然しないので詳しいことは知らないんですが、Twitterや、はてなブックマークなんかでよく見かけます。


ところで、大戦中の軍艦と言えば、僕が思い出すのは「瑞鶴(ずいかく)」という軍艦です。
これは去年亡くなった僕の祖父が乗っていた軍艦です。


http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/2/2b/Japanese.aircraft.carrier.zuikaku.jpg/320px-Japanese.aircraft.carrier.zuikaku.jpg


祖父とはほとんど戦争の話をしたことはありませんが、時々父から「おじいちゃんは瑞鶴っていう船に乗って戦争をしていたんだよ」という話を聞いていました。


この瑞鶴という軍艦は戦争中に攻撃を受けて沈没した軍艦です。
しかし、祖父は運良く生き残って戦争から帰ってきました。


父から伝え聞いた話によると、祖父は沈没してから海に放り出され、長い間海の上を漂っていたそうです。
それから救助にやってきた船に助けられ、何とか生きて帰ってくることができました。


ただ、祖父は助かりましたが、救助にやってきた2隻の船のうち、もう1隻の船は再び攻撃を受けて沈没したそうです。


ネットを検索したところ、おそらくその話だと思われる証言を見つけたので一部引用します。

 この時傾斜23度、総員退去。午後2時14分、瑞鶴は僅か三年の華やかであった短い生涯を閉じた。軍艦瑞鶴沈没は北緯19度57分、東経126度34分。救助された者は866名であった。」(「乗員1,700名のうち970名が救助された」という記録もある)


 私も駆逐艦「若月」に救助された一人であった。(中略)


 駆逐艦「初月」に救助された者もあった。内地に帰るべく北上していると夜戦になった。


 日本への帰路の途中、「初月」が敵艦の艦砲射撃を受け、炎とともに煙をもうもうと上げているのが見えた。煙が消えた後、「初月」の姿は夜の海に消えていた。

空母「瑞鶴」と運命を共にした海軍兵士の回想


もし、そのもう1隻(初月?)に助けられていたら祖父は戦死していたかもしれません。
そうなると父は生まれていないですし、当然僕もこの世にはいませんでした。
この話を聞いたとき、本当に祖父は運が良かったんだなあと思いました。


ちなみに、瑞鶴に乗って攻撃を受けているときの話を祖父からチラッと聞いたことがあります。
攻撃を受けている最中は、もう何がなんだかわからない状態だったそうです。
それ以上は詳しく聞いていませんが、生きるか死ぬかの極限的な状況が「何がなんだかわからない状態」になるのは、ある意味当然なのかもしれません。


ところで少し話は変わりますが、祖父はとても常識的でいつも落ち着いたジェントルマンでした。
周囲からの人望も厚く、孫の僕が言うのもおかしいですが、「とてもよくできた人格者」だったと思います。


そんな祖父が20年ぐらい前、テレビのニュースで従軍慰安婦の方たちが訴えた裁判のニュースを見ながら、ぼそっとつぶやいた言葉があります。


「当時は戦争中だったんだから、今頃そんなこと言うてもあかん」


最初にも述べたように、祖父が自ら戦争を語ることはほとんどありませんでした。
これは祖父が戦争について述べた数少ない言葉の一つです。


同じセリフをどこかの政治家が言うとたぶん大問題になると思いますが、身近で信頼できる祖父の口から出た言葉なので、僕にとってそれは真実だと考えています。


そして、この祖父の言葉を僕はこういう意味だと解釈しています。


「戦争はクレイジーなものなんだ」


つまり、戦争が起きたら「良い、悪い」とか、「人として守るべきルール」だとか、そんなものはすべて吹っ飛んでしまうということです。


日本は大きな空襲を受けたり、原爆を落とされたりして、数え切れないぐらいたくさんの人が亡くなりました。
それはとても非人道的なことで、決して良いことではなかったと思います。
しかし、それは僕たちが平和な現代に生きているからこそ言えることで、戦争中だった当時は何が起きてもおかしくない「クレイジーな状態」だったんだと思います。


最近では日本の周辺でも少しきな臭い雰囲気を感じるときがあります。
一部の血の気の多い人は「さっさと開戦してしまえ」というようなことを叫ぶ人もいます。


しかし、祖父の言葉を思い出すと、そんなことは絶対してはいけないと思います。
なぜなら、戦争が始まれば僕もあなたも、「何をされてもおかしくないクレイジーな状況」に逆戻りしてしまうからです。


祖父の言葉に照らし合わせると、従軍慰安婦の問題にしろ、原爆の話にしろ、過去の戦争中に起きた話は、「明らかに良くないことだけど、当時は戦争中だったからどうしようもなかった」ということになるのかもしれません。


「どうしようもない過去」は、文字通りどうしようもありません。
大事なのは過去ではなく「これから」の話です。
自分や自分の子どもたちが当事者になる可能性がある以上、再び戦争が勃発して「何をされてもおかしくない状況」に逆戻りすることだけは、何がなんでも避けるべきだと僕は考えています。



閑話休題。
最初話していたのは瑞鶴の話でした。


瑞鶴を「擬人化」したカードはこんなカードらしいです。


http://ice-military.com/kancollewiki/index.php?plugin=ref&page=%E7%91%9E%E9%B6%B4&src=107.jpg
http://ice-military.com/kancollewiki/index.php?plugin=ref&page=瑞鶴&src=107.jpg


僕がこのカードを見るとき、うーん、なんだろう、こういうことが必ずしも悪いことだとは思いませんが、何か「もやもやした違和感」が感じられるのはどうしても避けられません。


ほとんどの人にとって、これは単なるキャラの一つであり、少しだけリアル(ノンフィクション)とオーバーラップする「ファンタジー」なんだと思います。
僕自身も祖父の話がなければ、「これが瑞鶴?へ~、そうなんだ」で終わってたはずです。


しかし僕の場合、祖父がこの瑞鶴という軍艦に乗って九死に一生を得たというエピソードを知っている以上、このカードは単なるファンタジーではなく、70年前にこの軍艦に乗って本当に戦った人がいたんだという「リアル」として僕の目に映ります。


僕が知っているリアルな話は瑞鶴だけですが、大戦中に沈んだ軍艦にはすべて、何千、何万という壮絶なエピソードが付随しているはずです。
しかし、「艦これ」のイラストを見ても、そんなエピソードを感じ取ることは当然ながら不可能です。


それにしてもなぜ、大戦中の軍艦が今こんな形で盛り上がっているんでしょうか?


それはたぶん、今の日本がとても平和だからなんだと思います。


平和であるがゆえに、過去の悲惨なエピソードは文字通り「過去のもの」であり、「過去のリアル」と「現在のリアル」のつながりがだんだん薄れてきているんでしょう。


ああそうか、でもそう考えると、これはこれで良いことである気もしてきました。
平和な日本、平和な現代、いいじゃないですか!
この平和な時代がこれからも続くなら、軍艦に乗って亡くなった兵士のみなさんも、もしかしたら「艦これ」を見て喜んでくれるかもしれません。


平和であるのは本当に素晴らしいことです。
この平和がいつまでも続くように、そして「クレイジーな時代」に逆戻りしないようにどうすればいいか?
僕の祖父もこの世からいなくなった今、僕たちがそれを考えて行動していかなければなりませんね。